今日は本当は赤羽駅前に行く予定だった。
しかし、アパートに漂う死臭に気づき大家さんを呼んで立会いの下、
匂いの元らしい部屋を確認するとやはり住人が死んでいた。
1っ週間くらい前から臭いに気づいていたが、ここのアパートには二人ほど、
僕を上回るずぼらがいて、部屋からいつも異臭がしていたのでそれだろうと思っていた。
2,3日前にそれが明らかに死臭であると気づいたが、天井裏でねずみが死んでいるのかと思っていた。
このアパートはえらくねずみが出る。そして今日、大型のハエが複数いる事に気づいた。
この種のハエは腐肉から繁殖する事を知っていたので、「ひょっとして」と思った。
そしてここ数日会っていない人を考えてみると、
それは僕の部屋の真向かいの部屋から二つとなりの住人ではないか？と気づいた。
ドアの隙間に鼻を寄せると確かに臭いの元だ。
左隣の住人を起こして聞いてみる。
「ここ数日○○さんを見ましたか？」「いいや」・・・。驚いた事に彼はこの臭いに気づいていなかった。
「そういえばとなりはずっと部屋の窓が開いてるんだよね」という。
彼の向かいの部屋、つまり僕の隣の住人が出てきた。「臭いませんか？」「ちょっと臭いね」
僕には「ちょっと、」なんてものではない気がするのだが・・・。
寝ているところだったため、左となりの住人は引っ込んでしまった。
「とにかく大家さんを呼んできます」
そして僕はバイクで近くに住む大家さんの所へ行って事情を話した。
大家さんはもう60歳過ぎの老夫婦で、旦那さんが来る事になった。
さて、大家さんは来たが、70近くの高血圧のおじいさんには心臓に悪いと判断し、
「確認役」を申し出る。おそらくこの臭いでは相当腐敗していると考えられる。
ドアの鍵は開いていた。夕方6：00近く、部屋の中は暗い。
コンセントで引いたライト（工事現場で見かけるような200W電気）で中を照らすと
かつてヒトであったものが倒れていた。
ものすごい死臭。すぐに警察を呼ぶ。
僕の頭には「なぜ一言、飯を食わせてくれと言ってくれなかったんだ！」という思いばかりが駆け巡っていた。
冷静になってみれば餓死したとは限らないのだが。
それからは警察が来ていろいろと聞かれる。僕が知る限り、彼には身寄りが無い。
再び大家さんのところへ言って部屋を借りるときに作成された書類を預かってくる。
保証人は前の仕事場の上司だ。大家の旦那さんもよく知らないと言う。
書類を取りに行ってる間に救急車と消防車が来ていたが、
警察数人を残して引き上げていってしまった。
遺体はまだ部屋の中だ。と、そこに野次馬になっていた向かいの寿司屋さんの旦那がやってきてこう言った。
「うちのアパートの4階でヒトが死んでる」。
これは作り話ではない。警察は「おいおい、なんだよ」みたいな事を言って
現場へ向かった。そのアパートは僕の部屋のまん前にある4階。
自分の部屋の窓から野次馬たちの話を聞くと3日まえから会社に来ていないということがわかっているらしい。
警察が現場を見た後に救急車が来た。
「死後硬直始まってる？」「さっきの現場の近くだったんで、通報は無いんですよ」
そんな話が聞こえてくる。時を同じくして白いワンボックス車が来て
窓から警察と話をしている。その人たちが僕のいるほうのアパートに来るらしいとわかったので、
事件のあった部屋の前で待っていると白服の人たちが入ってきた。現場検証をして遺体を持ち運ぶらしい。
そのひとたちにも状況と彼の身柄などの説明を求められ、わかる限りのことを話す。
いまやアパートのローカは息もできないような悪臭に包まれている。自室に戻った僕は窓の外を見る。
救急車がもうひとつの遺体を運んで行ったようだ。
自室の窓から顔を出してても悪臭がわかる。
（今日はもう、歌いに行くような気分じゃないな）と思い、
それ以外のことを今日のうちにやっておこうと考えた僕は、まず買い出しとガソリン入れに行こうと
ローカに出たのだがあまりの悪臭にすぐさま引っ込んでしまった。
遺体を運び出すのに邪魔になるのか、冷蔵庫を運び出していたようだ。
しばらくローカは通れなさそうだ。実際に僕が外に出たのはそれから20分くらい後だったと思う
東京の木造アパートで身寄りの無い60過ぎの男の孤独な死。
警察のヒトは「後で身内の方が遺品を片付けに来ると思いますので鍵を預かってください」
と言ったが、果たしてきてくれるのだろうか。
願わくば、彼の遺品がひとつ欲しい。できれば壊れにくくて、ふだん当たり前に使うものがいい。
お椀とか、電話機とか、ナイフとか。そしてそこに彼のフルネームを漢字で書いて おくのだ。
このアパートに確かに彼がいたのだと忘れぬように。 もどる