〜王国の浪漫話〜

　小さい人々

「僕の前に道はない。僕の後に道はできる。」
良い言葉だ！いや、全くもって素晴らしい！！それが本当ならいつでも
もとの国道に戻れるはずではないか！！！
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ここは何処だ？
　北海道は道東、阿寒湖という湖があり、
独り気ままな旅をしていた僕は
相棒の原付バイクで湖の近くをパタパタと走っていた。
空は青空、陽射しは強いが、空を覆う木々が優しい木漏れ日に変え、
８月の風もこの北国ではそれほど暑くはなかった。
　　「湖は、どっちかな〜〜〜？］
鼻歌混じりに湖へと向かう僕の傍らに細い横道が現れた。奥のほうを
見据えるとけっこう奥へと続いている。
　「旅人よ、何故、旅をするのか？」
　「そこに道があるからさ〜〜〜！」
赤いオフロード・マシンに乗った黒ひげの若い男は、
颯爽と深緑の奥へと続く細い道の向こうへと消えていった。
　背丈１６０センチ前後、長旅で汚れたジーパンにＴーシャツ、
薄手のジャンパーを羽織り、
顔は２，３週間は放りっぱなしであろう不精ひげ、
バイクは原付ながら、スズキの名車、ＴＳ−50ハスラー､
その小さな荷台にぐるぐる巻きにくくりつけられた巨大なカバンと
寝袋、ペットボトル、そこから雑多にぶらさがるコンビニ袋。
　そして、他のライダーにはまずみられない、
その荷物に突き刺さったコウモリ傘。
その柄に、灯油ランタンがぶらぶら揺れている・・・・・。
　彼の名は「軍曹」、自由の旅人である。

相棒は細く伸びる土の道をのんびりと進んでいた。
しばらく行くと、朽ちた５，６０センチくらいの
倒木が横たわっていたが、そこはオフロード車と
旅ライダー、問題も無く越えていったものだが、
そのうち道がぬかるみだしてきた。
ひとまずバイクを降りて
靴を　特長（とくなが・北国で一般的な特に長い長靴）に履き替え、
ロウ・ギアでずいずいとすすむが、水深が深くなって、
バイクの腹がつくほどになるとさすがに
「止めといた方がいいかも」と後ろを振り向いてみる。
かなり来てしまったようだが、前を見てみると
向こう岸が見えていた。
　「ここまできて戻る訳ないよなあ〜〜〜？」
　　 かまわずアクセルを回してやると
程なく水辺をぬける事ができた。

面倒くさいので、長靴もはきかえずさらに奥へと進む。
恐らくどこかの国道か道道(県道にたいして北海道なので道道。)に
出ると思いきやまるでその気配は無い、それどころか
最初より道が狭くなっている気がする。それに加えて
さっきから僕の周りを一匹の蜂らしきものが付けまわしている。
ブンブンとうるさいったらない！
こうゆう時の羽虫の羽音というのは非常にうっとおしいものだ。
―――と、そいつが僕の右肩に留まった―――
　「げげっ！！なんだこいつはっ！？」
　『握りこぶし大のスズメ蜂』　
そいつはそんな常識はずれにでかい虫だったのだ。
　　　　 間髪入れず左手で払い落とし、その左手がハンドルに戻らぬうちに
右手がアクセルをひねった、次の瞬間
相棒は暴れ馬のごとく駆け出した！
　普通なら蜂が肩に留まっていても刺激しないように
じっと飛んでいくのを待つのが正しいだろうが、
そんな冷静な判断の余裕を赦さぬほどその虫は異形に見えたのだ。
　一本道は進むにつれ人の胸ほどの藪に包まれて行き、
その中を強引に走るマシンの切り裂いた風が頬に激しくあたった。
けたたましいエンジン音の中、羽虫の羽音はなく、一瞬後ろを
ふりむいてみるが薄暗い森の中に飛ぶ蜂一匹、走るバイクから
視認できるはずもない。視線を前に戻したとき、
暗がりが迫ってくるのが見えた
そして無数の羽音。そう、蜂の群れだ！！マシンはそれを
突っ切ろうとしている！その一瞬に信じられないほどの早口で
僕は叫んでいた
　「うそやめてジョーダンゆるしてぷぎゃ―――っつ！！！」
避ける術もなく相棒は僕を道連れに不気味な黒雲へ飛び込んだ。
　いま、止まるわけにはいかない！突っ切れ！突っ切るんだ！！
羽の生えた生きた弾丸が肉を貫かんばかりにぶち当たり、
薄手のジャンパーに風穴を空け、
ゴーグルに薄紫の血を飛び散らした。
かまわずアクセルをまわし続け、その右手にも幾匹かの蜂が
ぶつかった。
道に覆い被さる藪の葉が手の甲に傷を付けた時、
蜂の群れをぬけていた。
　　
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