〜王国の浪漫話〜

　バイクを止め、
はたと気づくと、辺りは真っ暗で前にも後ろにも道はなく
うっそうと生い茂る熊笹のなかで、
いつの間に押してしまったのか
　右ウインカーがカチカチと点滅し、僕らの存在を
主張していた。
「げっ・・・こりゃいけね・・・」
ウインカーを消して眼を凝らしてみると
はるか向こうがぼんやり明るく見える。
　それはこの森の終わりを示しているに違いない。
とにかく右も左もわからぬ森の中で一夜を過ごすのは
危険だ。この辺りには日本最強の肉食獣、
『ひぐま』のでる可能性もある。すぐ森を出られるなら
出てしまうべきだ。ウインカーを消しヘッドライトを頼りに
　 一歩一々しっかりとかつ早足で踏み出していく。
これだけ笹が茂っているわりに、バイクの前進には邪魔にならず
ものの１０分程で開けた草地に出た。といっても原っぱではなく、
ほとんど枯れ野のように見え、
森への入り際に生えている腰上ほどの草は
蕗（ふき）のように見える。

　ほんのわずかな安心感、そしてそれを若干上回る程度の
孤独感。しかしこんな状況であるにもかかわらず、
僕はその星空の大きさに感動していた。
　天の川は今も流れている。一面に星をたたえて。

　どれくらい見惚れていただろうか―――。
視線を下ろすと足元に現実が横たわっていた。
さて、どうしたものか。
とりあえず真っ直ぐ前の枯れ野の真ん中に
背の低い木が一本生えているのが見えたのでそこまで移動して
バイクを止め、その木の根元に腰掛けた。
じたばたしてもしかたがない、まずはいっぷくしようと
あぐらをかく。
満天の星の下に見上げた相棒はとても力強く見えた。
東京の中古バイク屋で一番奥に並んでいたこいつを見たとき
迷わずこいつに乗るぞと決めたものだった。
しげしげと相棒を見つめながら肩にかけた金属製の
古い水筒の水を一口飲んだ後、
腰鞄から板チョコを一枚取り出してかじった。
　｢明日も頼むぜ、相棒。｣
その言葉を最後に僕は眠りについてしまった。

　『人間だ。』『ニンゲンだね。』
（・・・・・）
『来たんだね。』『きたきた。』
『起きるかな？』『おきるよ。』
（―――！？―――）
僕はがばっと横っ飛びに飛び起きた
｢誰だ！？｣　
―――返事はない―――
辺りに人影がないことを確認してすぐバイクに駆け寄った。
あれからどのくらい経った？僕はどのくらい眠ってたんだ!？
急いでエンジンに触れてみる。まだかすかに温もりがある。
ということはせいぜい一時間ていどしか経っていない。
（ん？・・・まてよ、ヒト？）
その声は野獣の唸り声でも、遠吠えでもなかった。
明らかにヒトの話し声だった。
（こんなところで？しかも二人いたぞ？）
ヘッドライトで辺りを照らしてみる。車体を後退させ、
ハンドルを振って、
今、自分が眠っていた木の根元を照らした時、なにかが
さっと木の影へと隠れた。小さい。まさかとはおもうが、
「なにかいるのか？」と声をかけると・・・、
「まぶしいよ！あかりをけしておくれヨ！」
一瞬ためらったが、言われたとおりライトを消した。
辺りはまた闇に還る。眼が闇に慣れてきたとき
小さな影がおずおずと木影から姿をあらわした。
「うわっ・・・」
思わず声がでてしまった。「まさか」は「まさか」ではなく、
「現実」であった。
小人？いや、北海道だからコロポックル？
「あんちゃん、タビビトだろ？」
こっちが気が動転してまだ考えがまとまらぬうちに、
そのカラスか野ねずみ大の「ちっこいの」がはなしかけてきた。
「だいじょうぶか？ツカれてるのか？」
そう言いながら「ちっこいの」は２,３歩前に出てきた。
その後ろからもう一匹、・・・
いや、もう一人の「ちっこいの」が顔を出した。
「だいじょうぶ？食べられちゃわない？」
「じょぶじょぶ！こわくなんかないヨ！」
後から出てきた「ちっこいの」は女の子らしい。
先に出てきたやつよりも背が低く髪が長い。
「こんなところでネてたら『かむい』にツれてかれちまうぜ？」
「あ、あの、よろしかったら、私達の村にきませんか？」
（な、なんだ？いきなり・・・）
怖がっていたはずの女の子が、一転して村に来ないかという。
僕は少し考え込んでしまった。
これは非常に貴重なチャンスではある。
世間では御伽ばなしとしか思われていない
「小人」の世界に行くなど二度とはないだろう。しかし・・・。 　

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